「天才論」著者のN.H氏から譲り受け、私(HP)が代理で執筆する事に

学術的才能の持ち主であるギフテッドの事を色々と調べて思った事

IQの事を調べてみましたがIQで測れる知能の種類は限られていて高い人は言語的、数理的な能力に優れているらしく、そういう方面の理解力に長けているため、学術的才能があるようです。
ただ、IQ測定では芸術性や創造性といった能力は測定できないそうです。高いIQを持っている事に越した事はないでしょうが、115程度あれば大学院を卒業できるだけの学術的な知能は十分なようです。また、弁護士や医者などの専門職に就くにも120あれば十分に第一線のスペシャリストとして活躍できるという。寧ろ120以上のIQは高過ぎて色々と弊害が出てくるケースの方が多いそうで、SD15のIQ130は高い方に異常値である意味知的障害者とも取れるそうです。この、ある意味知的障害者とはどういうことかと言うと、考え過ぎるあまりに眠れなかったりとか、頭が良過ぎる為に周囲とコミュニケーションが取れなかったりだとか、無意識に専門用語を喋って聞き手が理解できず、変人扱いされてしまうとか。周りの人が稚拙でバカに見え過ぎたり、周囲の馬鹿さ加減にイライラしてしまったり、日常生活でやっていくにはあまり必要の無いような事を考えてしまったり、色々な弊害があるようです。これらが高過ぎる人のデメリットなんでしょう。
メリットとしては少ない勉強量でも済むから遊びの時間を多く確保できる、難解な学問を追求できる、数カ国語が取得できる。株や相場に強い。などと頭を使う系全般もしくは一部が秀でているということでしょう。
デメリットでの苦労も絶えない分、得られる喜びも大きいというスケールの大きさを感じました。
IQ130を境にその度合いも激しくなってくるんでしょうね。
普通よりも3標準偏差離れている145の人は130の人よりも苦楽の度合いが大きく、普通よりも4標準偏差離れている160の人は145の人よりも苦楽の度合いが大きい?そう考えれば知能指数は諸刃の剣なのだと思ってしまいます。
でも仮に、芸術性や創造性等が測れるテストみたいのが出てきたとしてそのテストで平均より乖離して高くても知能テストと同様に苦楽の度合いが激しくなるような気がします。例えば芸術性がある反面、いらぬ余計な事やムダな事を考えてしまったり、ガラスの心過ぎて異常な程敏感で傷つき易かったり、創造性がある反面、いらぬ被害妄想や余計な事を妄想してしまって精神的に病んでしまったり。
何れにしても頭が良過ぎるのって必ずしも良いとは限らないって思ったりもしますね。
神経系の特質故の高知能者であるIQ130以上のギフテッドの苦楽は平凡な人間には絶対分かり得ない事だと思うし、そもそもギフテッドって人とは違う訳ですから、普通が通用しない。常識が敵となる。
また、過度に集中し過ぎてしまう、知識を渇望し過ぎてしまう。これらの事で日常生活に支障をきたしてしまう。
変わった頭の良さがあるというか、問題の解き方や作り方にセンスがあるというか、どう表現すれば良いのか迷いますがセンスがありますよね何か。学習の才能と言っても伝わりにくいでしょうね。普通の勉強できる秀才とは全くの別物である事は確かだと思います。天才的な何かを感じさせる。
マッチ棒問題みたいな少し捻ったパズルやIQテスト的な思考が得意そうで、普通の計算さえも一般人とは違う式で導き出してしまうような面白さがギフテッドにはあるようです。

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