「天才論」著者のN.H氏から譲り受け、私(HP)が代理で執筆する事に

ギフテッド、タレンテッド=天才ではない。

ギフテッド=お勉強、学術分野の秀才。
タレンテッド=芸術分野の秀才。
結果を出したギフテッド=学術分野の天才。
結果を出したタレンテッド=芸術分野の天才。
才能ある人間が誰でも天才だとは限らない。私の中での天才の定義では、天才とは、元々の能力値が高かった上に結果を残した人物のことを天才だと捉えるようにしています。
ですので、学校の中に突出して勉強ができる人や突出して美術ができる人のことを私は天才だとは言いません。
ではなんて言うのか?秀才です。これは勉強であろうが芸術であろうがどんなに秀でていてもそうです。
上記したように私の中の定義では結果を出した人が天才だからです。
いやいやいや、学力テストなどで結果が出ているから天才なんじゃないか!という批判が来るとは思いますが、いくら学力テストで突出していてもそれは既存の知識です。テストが突出していたくらいで天才と呼ばれるのでは私は何かが違うと思います。
天才という言葉をあまりにも軽々しく使い過ぎだと感じてしまうからです。
本物の天才というのは学校の勉強がただできるだけでは無いし、必ずや人と違う何かを感じるはずです。
数学オリンピックで優勝した、とか、知能指数が150以上とかでしたら天才だと思います。
とにかくこの人は普通じゃない!なと感じさせる特徴がなければ天才と凡人を分けるポイントだと思います。
勉強が突出してできる人は秀才です。学力テストが突出していて結果が出ていない人も秀才です。
ノーベル賞を受賞した人は結果が出ているので紛れも無く天才だと思います。
イチローは天才です。天才的な腕前を持つ結果を出してないサッカー少年は秀才です。
数論の精選104問 (数学オリンピックへの道)

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